有名キャラクターやアニメはソーシャルゲームで採用すべきなのか?

ふと、Facebookにばかりポストしており、ブログに情報を残してしていないことに気がついたので、たまにはブログを書いてみようかな〜と思いました。(Facebookで色々と情報発信させて頂いているので、よければフィード購読もお願いいたします)
  
最近、全く注視していなかったのですが、
ふと、ニュースを見ながら、ソーシャルゲームの流れと、ファミコン登場当初の流れとが重なりました。
なんとなく、ソーシャルゲームとファミリーコンピューターのタイトルの歴史が似ている感があったのです。
 
特に今回思ったのは、有名アニメやキャラクターがソーシャルゲームにいっても流行るのか? 採用すべきなのか? という点を、我々が体験してきた、ファミリーコンピューターの進化になぞらえて考えてみました。
 
私の結論は、スモールなプロバイダーで、他ゲームとのシナジーが働かないなら、
事業開発よりも、企画や本質的な開発にお金や時間を割くべきなので、
答えは限りなくnoに近いものでございます。
 
 
 

 
 

 

歴史は繰り返されるのか?

なんだか、ファミコンとソーシャルゲームがとっても似ている感じがしたのです。
以下、登場してからの状況を順に説明してみます。
 
 

・フェーズ1:黎明期

全くオリジナルなキャラとか、ストーリーとかをモチーフにゼロベースで構築される。「なんだこれは」というユーザー達のつまみ食いから、名作が静かに、しかしどんどんと生まれていった時代。
僕は、そこまでゲームオタクではなかったものの、無名タイトルだったものが有名になっていった時代をまさに、歩んでいた気がします。
 
 

・フェーズ2:駆け出し

時代が一気に進む感じありますが、ドラクエ、FF、スーパーマリオなどの、現在で言う有名タイトルが一通り認知され、出揃った頃でしょうか。(僕は小学1〜3年生くらいかな?)
「その市場、儲かりそうじゃないか・・・」と、人気アニメやキャラなどをベースとしたタイアップものが続々と出てくる頃。でも、漫画読者からもゲームユーザーからも、はじめの一歩も、幽々白書も、ドラえもんも、ゲームになったとてあんまり楽しくないのが現実。ほとんどは、単発で終わるか、売れずに去ってゆく。人気で、有名なら良いっていうものではないみたい。
 
問題点は3つ。
1)期待値が高すぎる。認知度があるゆえ、ゲームに期待しすぎてしまう
2)予算面? 事業開発にお金かけ過ぎてるのか、肝心の性能面がなんだか焼き直し多い印象
3)双方ニーズの不一致。漫画読者はゲームやりたくないし、ゲームやっている人は別に興味がないことも。
 
KPIベースでいえば、
新規獲得数は平均を遥かに超えるけど、どう頑張ってもLTVが伸び悩む。 そんなところではないでしょうか。
しかし、ほとんどの無名タイトルゲームは新規獲得数が一定を超えてくれないので、いずれにしても難しい時代になってきました。

昔に書いたブログを参考までに。
参考(2010年度末の記事):SAPにとってのSocial Game市場バブルは、2010年で終焉。
 
 

こんな感じ? 語弊をお許しあれ・・・。


 
 
厳密には、もっと細かくゾーンを分類しないといけないので、
あくまで、かなりザックリとしたものなのですが。。
 
 
 

・フェーズ3:スケール期

勝ち残ったタイトルの、次なる展開。●●編や、バージョン2などの登場。鉄板ゲームとして、残る。しかしながら、ソーシャルゲームの場合は、そもそも常にバージョンが移り変わっており、そうした単純な「バージョン2」への展開は、なかなか難しそうで、あんまりうまくいっているケースも聞かない。強いていうなら、一時のカードバトル系のシステムを横展開させたドリコムとか、モンスター系のもの? ただ、厳密には、ファミコンと似て非なるバージョンアップのような気が。
 
既に、ソーシャルゲームはここまで来ているので、
今さら、フェーズ2のタイトルをはじめても、あまりhitしない印象が。
 
 

・フェーズ4:市場をまたぐ

フェーズ2の逆転バージョンと個人的には思っています。
ゲームがベースとなって、映画化とか、漫画化されていくパターンです。ロトの紋章(ドラクエ3)とか、ダイの大冒険とか、ファイナルファンタジーの映画化なんかも、記憶に新しいかもしれない。(古いか、、)
なお、ちゃんと調べていないので、誤っていたら教えて下さい・・・。
 

 
 

・フェーズ5:カルチャーとも呼べるレベルへ昇華

フェーズ4の延長戦上なので、あえて「5」と言うほどではないかもですが、「世界観やキャラクターの神聖化」があげられるのかなぁ。
僕は、FFとドラクエしかきちんとやっていなかったけれど、クラウドとか、セフィロスとか、クリフトとアリーナ姫とか、ビアンカかフローラか、みたいなところには、「グッ」とくるし、当時はステッカーとか、人形とか、ボールペンとか持っていた気がします。
 
 
 

まとめ

要は、キャラやアニメの認知には頼りすぎず、
本質的なゲーム性能を追求することだけでしか、面白いゲームにはならないんじゃないか、という当たり前のことでした。
ファミコンで生き残ってきたものは、すべてが、そうした本質的に楽しいものでした。
 
もし、今の自分がソーシャルゲームの管轄をしているのであらば、フェーズ1を、つまりは、キャラクターに頼らない本質的なゲーム開発を、愚直にやり抜いたほうが正しい選択なんじゃないかな〜と思っています。
隣の芝は常に、そして極めて、青く見えたりしますが、キャラゲー担当者の重圧はなかなかのものなのではないでしょうか。
 
ガチャとか、RMTとか、未成年の使いすぎ系などの問題は、従来のファミコン時代にはなかったものですが、
そうした問題が山積しているからこそ、新しい、真っ当な突き抜けたゲームが出るんじゃないかな、なんて、今なお影ながら期待中です。
 
 
 
まとまりがないのは、お許し下さい・・・。残り3分で飲み会に出発しなければならない為です、、 
ふぅ〜!
 
 

お知らせ

初の書籍「整理の習慣」を出版いたしましたー!
Amazonでも公表発売中です!
本当に御陰さまで、書店での売上げがなかなか好調みたいです。